| ■ 分 科 会 | |
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第一分科会
劇 作 講師 川村 毅 |
第二分科会 ワークショップ
プロセスドラマを体験してみよう 講師 オーハシ ヨースケ |
| ▼川村 毅先生▲ 《テーマ》 *現代演劇におけるドラマとポストドラマの境界。 *現代演劇・戯曲におけるドラマとポストドラマの位相・差異について。 *欧米と日本の現代の比較。私の10代の頃の演劇活動について。 ○ 全国大会のエネルギーが想像以上にすばらしく驚かされた。 ○ ポストドラマとは ・詩や10ページ位のテキストでも演出しだいで劇作になる。 *ドラマ = 普通のドラマ ○ 劇作の読み方、書き方 〈客席への投げかけ〉 *戯曲の種類・スタイル (文責 桐生南高等学校 |
第二分科会は講師にオーハシヨースケ先生をお迎えして、シルクホールで行われました。二〇〇名近い参加者が集まり、盛況の内に終えることができました。 海外でも公演を行っていらっしゃるオーハシ先生は「演劇教育」というものにも目を向けていらっしゃり、今回のワークショップでは欧米で小学校から取り入れられている「プロセス・ドラマ」というものを行いました。以下にワークショップで行ったことを簡潔にまとめておきます。 《ウォーミングアップ》 1. お互いの手を握って、相手の目を見て、三回中相手が何回手を握るかをイメージして、その回数だけ握るという遊び。実はこの「握手するという距離」が「人と人とが話し合うのにちょうど良い距離」である。それより距離が離れれば心が離れている感じがする、それより近づけばもっと近しい感じがする。また、同じ距離でも一人が九〇度横を向いただけで心が離れた感じになる。 2. 身体をほぐす。声で「ぶらぶら」といいながら身体をぶらぶらさせる。続いて背骨やお尻、足や膝、肩や肩胛骨を意識して「ふにゃふにゃ」と言いながら身体をふにゃふにゃさせる。いずれも、普段使っていない筋肉をほぐしたり鍛えたりするのに有効。 3. 気持ちや気をほぐす。「あー」と万歳をしながら大声を出す。お腹のそこから笑う。子供のように「からだで笑う」。できるだけ多くの人の肩を叩きながら笑う。 4. 呼吸法。足の裏から息を吸い上げるようにすうっと手をあげ、手の間に太陽をイメージし、息を吐きながら太陽が身体の中を通って足の下に抜けていくのをイメージして手を下げてゆく。さらにその太陽が身体の中心〈丹田〉に収まるのをイメージする。さらに丹田に太陽があるのをイメージして深呼吸。 5. イメージの練習。客席が満員になっていることをイメージして「ありがとう」と大声で叫ぶ。 《プロセス・ドラマ「夢と現実」》 一、準 備 1. 同性で二人組を作り、小さい頃どんな夢を持っていたかをお互いに語ってみる。 2. 二人が前後して立つ。前の人は夢の中でなりたいものになっている。後ろの人は現実に引き戻すべく起こそうとする。(途中で役割を交代) 3. 二人が面と向かって座って2.と同じことをする。(途中で役割を交代) 二、大凧上げを夢見る少年 4. 「航海に出る船」の乗組員(船の名前や船長の名前は参加者に聞いて決めていた)という設定で数人ずつのグループに分かれ(今回は五グループ)、グループの中で三つの「動き」を作り(掃除、コックなど)、実際に動いてみる。 5. 他の船員が仕事をしている日中、一人の少年Aだけが寝ている。そのそばで彼の姉が泣いている。五人のボランティア(他のグループから募る)が姉に泣いている理由を尋ねる。姉は五人に理由を耳打ちする 6. 五人のボランティアは少年Aについての噂をグループに帰って広める。それぞれのグループでうわさ話を発表。 7. 「実は少年Aは仕事もせずに船の底で大凧を作っていて、それをあげることを夢見ていた。」という設定。二人組になって「ボランティア(=現実)」が「少年A(=夢)」を起こして仕事をするよう説得する(途中で交代)。 8. 「少年は皆の説得に納得して仕事に向かうが、まず食べ物を倉庫から探し出し、ついでに最後には倉庫に残されていたチョコレートも食べてしまう。皆の仕事の様子を見に行く少年A(先ほどグループで決めた三つのうちの一つをしている)。少年Aは皆の仕事を結局やろうとしない。怒った船員達は少年Aについて行くと最後は大凧の所へ。怒ったみんなは少年Aを大凧につけて飛ばしてしまう。少年は海に落ちてしまう。船員達は海に沈んでいく少年を見て口々に話す。」という設定で動く。 9. そこへ少年Aの父親がやってきて怒る。「あいつは夢を見たかっただけなんだ。仕事をしなければ海に落としてもいいのか。」ここで、夢と現実とどちらの立場を選ぶかで二つのグループに分け、なぜ選んだかをグループで話し合わせ、その後、両方の立場から説明させたうえで、再度グループの中で話し合わせる。 10. 最後にもう一度「少年Aが海に落ちた時点」まで話を戻して別の展開を考えて作ってみる。 欧米では、クラス全員でこういった一つの芝居を作る中で、自分の考え方や行動のしかたを学んでいくのだそうです。若者達のコミュニケーション能力不足が問われている現在、学校教育の中にもっと演劇が取り入れられても良いのではないかと考えさせられる内容でした。 (文責 桐生南高等学校 |
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第三分科会
これからの舞台美術 講師 石井 強司 |
第四分科会
合同公演が支える部活動 講師 北市 邦男 影山 吉則 |
| 第3分科会では石井強司先生より、舞台美術についてご講義いただきました。 高校生活での短い3年間で演劇について勉強していく中で、いかに情報交換を行っていくか? 部活動では3年生から2年生、1年生へと伝達し、協力しながら作っている。考え方やノウハウなども先輩から受け継いでいく。この方法だと、良くも悪くも一つの枠、またはカラーになってしまう。さらに飛躍したいと考えるのであれば、新しい情報が必要である。 ここで大切になってくるのが横のつながりである。他の学校はどうなっているのか、情報交換できる場があるとよい。たとえば、緞帳をおろさないで舞台転換を見るのもよいのではないか。人の動きなどを見ることもよい。大切なことは、自分たちと違うやり方を見るべきだと言うことである。 ただし、先輩たちの積み重ねの上にある経験や体験は大事にしてほしい。ゼロから新しいものを作り始めることはない。 芝居の善し悪しは「いかにデザインするか」にかかっている。「作る」とは「すでにあるものを利用して今までにない新しいかたちを作ること」である。今あるものとはなにか? それは台本である。台本には新しいものもあれば古いものもある。外国のものもある。それをいかに作るかが私たちの仕事である。今の時代に合うものを今の感覚で作り上げる。台本が古くても、作り方によっては新しいものになる。逆に、新しい台本でも、作り方によっては訴えるものが少ない作品になりかねない。デザインとは、今ある素材を使って新しいものを作ることである。 この後、今回上演された作品を元にご講義いただきました。いくつか抜粋して報告します。 ? 舞台は初めて見ると言うことが大前提であるから、わかりやすくしなければならない。舞台美術の中心は俳優である。「どれだけ舞台美術を作ればよいのか」にとって大切なのは、全体のバランスであり、量ではない。俳優の環境が劇空間であり、特別な場所である。どうしても分業になってしまうが、トータルなイメージを持ち、話し合う機会を持つことが大切である。たとえば、小道具としてマイク1本を使うとき、形・大きさ・色はどれがよいか。台本の中に求められているものを考える。その際、新しいものを作るという気持ちを持ってほしい。ただし、過度に表現すると芝居を壊すこともあることは承知するべき。定形にとらわれず、お客にも考えてもらう。すなわち、ただ美しいものを見せるのではなく、積極的にお客とコミュニケーションをとっていくと言うことである。何もないところから発想して、何が必要なのかを考える。 ? 舞台美術には100%の完成品というものはない。少しでも正解に近づけるもの。また、数学の方程式のように正解が一つと言うこともない。台本を見て料理するのが私たちの仕事。設定とか位置は作ってよい。彫刻はできあがったものが残るが、芝居は足りない部分があってもよいし、だめならば新しく作りかえればよい。だからこそ芝居はおもしろく、終わりがないのである。 ? 舞台美術には「等身大に作る」「小さく作る」「大きく作る」の3つの方法がある。等身大は写実であり、今の時代・感覚を切り取ったものである。小さくすると表現が弱くなり、大きくすると表現が強くなる。 また、ベンチがあったら、形や大きさにこだわってほしい。スタッフは練習の際に、役者だけでなく舞台上のいろいろなものをこだわって見てほしい。それがいろいろな見方につながり、イメージを広げることにもつながる。 ? シンプルな舞台装置の時には、背景や役者の心理状況などを、音響や照明などで表現できると効果的である。また、演技エリアを工夫し、変化を出した方がよい。役者の配置や動き方なども考えるとよい。 ? 台本は古くても、今の時代の部分を入れ、今の私たちが抱えている問題を考えることができる。シェークスピアの劇をそのまま上演しても訴えるものはあるが、そのまま上演することはほとんどない。シェークスピアの作品は、今できるやり方で作っていく「現代劇」である。古くて新しい。芝居は我々が新しく作っていくものである。時代が変わってもエッセンスは大事にしてほしい。 ? 表現をもっと広げることに遠慮はいらない。芝居だからこそ許せる表現がある。お客さんの想像力、頭の中の回路に訴えかければ、より豊かな表現になる、重い話を楽しみながら見られるのがよい。芝居は頭脳の遊びである。 スタッフの仕事を能率よくやっていくためには、今までの積み重ねも大事だが、モデルチェンジという考え方を持つことも必要である。別な色や形を加えると、やり方が広がることもある。まず部内でコミュニケーションをとり、別のアイデアを美術部や他校の演劇部からもらったりと、つながりを深めてほしい。 石井先生にはお忙しい中、舞台美術に関する基本的な考え方をお教えいただきました。本当にありがとうございました。 (文責 伊勢崎清明高等学校 |
第四分科会は、北市邦男先生と影山吉則先生を迎え、部活動全般に関わる内容で進められた。 はじめに、石川県高文連演劇部合同公演「劇団週末くらぶ」のVTRを拝見し、合同公演の意義や可能性を中心にお話をいただいた。 【北市先生】 少子化の中でかつての意味合いとは違った合同公演が出てきた。部員数の関係でやりたい演目でもやれないものがあったり、男子部員、あるいは女子部員がいなかったりする場合がある。そういう制約があったとしても、合同公演という形でみんなが集まれば取り組めるようになる。石川県では少子化で部員が減っており、演劇部がある学校も三十七校から十九校くらいになった。さらに各学校の部員数も三〜四人くらいが多く、大会に出られない学校もある。そういった学校の生徒でも「週末くらぶ」に参加することで舞台に立つことが可能になる。生徒がどんどん減っていくなかで、舞台を経験する場としても合同講演の果たす役割は大きいだろう。 【影山先生】 私が合同公演をはじめたのは、同じ教員の仲間に演劇のおもしろさを伝えたいという思いからだった。学校によっては、演劇に関する知識が全くないにも関わらず顧問を担当している場合もある。だからこそ、「自分は指導できないからからだめだ」とならないように、合同公演を行うことで技術的なノウハウを伝えようと考えた。また、そういった学校の生徒たちが合同公演に参加することで、部員である生徒自身も技術的な交流を行い、部員がたった一人しかいない学校でも、多くの部員がいて指導できる顧問もいる学校でも、どの学校でも技術的な差がないようにしようという意気込みだった。実際、合同公演を行うことで地域のレベルがアップし、全国大会にいつも出ているような学校でも全然通用しなくなるくらい、レベルの高まりが見られた。 合同公演をやってきた一番の根っこは、演劇のもつ素晴らしさや楽しさを演劇をやっている人間が支え合おうということと、支え合って生まれたパワーを地域や学校に対してアピールできるような存在になろうということである。 この後は、質疑応答や、部活動で抱えている悩み相談など、自由な意見交換を行った。 ○ 講演近くになるとみんながピリピリしてきて八つ当たりなどもでてくる。どうすればいいか? ・まず心構えとして、一つの芝居に取り組む時に何のトラブルもなく講演までいくことはないということ。必ず何か途中でトラブルが起きる。そういうときはとことん話し合うのがいいのでは。 ・不満は口に出す。自分が気になることを言葉にする約束をつくる。例えば、稽古が終わったときに、連絡だけでなく「今日の練習について何かありませんか」と聞いてみる。その日に感じた問題をその日に出すようにする。解決するかしないかは問題の質や量にもよるので一概には言えないが、不満を持っている人は意見を言える。言われた人は名指しされなくてもそれとなく自分のことを言っているとわかるので、それで受け止めてもらう。状況を見て、それでも改善されないようならミーティングをする。そうやってみんなが思っていることを言い切ることで一歩を踏み出すことができる。 ○ どのような発声練習をしているのか? ・プロの役者さんと話していると、「アメンボ赤い」は意味がないという人が多くいる。声を鍛錬して大きな声を出すうえでは意味があるが、はっきりしゃべるということになると、やはり台詞を読むほうが大事だという。また、特に女性の場合、気をつけたほうがいいのは、普通、女性の声はとおるのだが、あまりに高い声はほとんど何を言っているかわからなくなる。そういう芝居が今回もいくつか見受けられた。相手に聞いてもらう、相手に届けるという意識でやることが大切。 (上演校の意見より) ・台詞を大きく言うことではなく、届かせることを大事にしている。そのため、のどを温めないと逆にのどがつぶれてしまうので、ハミングをして響かせることを中心に練習している。 ○ 役づくりをどのようにしているのか? ・人間関係図をお互いがつくってホワイトボードに書く。わかりやすい人間関係だけでなく、上辺と本音の違いなどが稽古をしていくなかでだんだんと深まっていく。周囲の人との関係性において性格を考える。人間はその場の関係であえて人に合わせたりするので、個々の持っている性格に加えて、その場の状況に応じて変化する自分を人間関係図でつくっていく。 (上演校の意見より) ・役が決まったら、一週間後くらいまでに自分史を書く。また、台本にない場面のときの様子を想像してみる。 ・役を総入れ替えで一度やってみる。そうすると、自分が見る側に変わったりするので気づくことが多い。 この他にも「演劇部の掟としてどんなものがあるか」「劇をつくるうえでの最短はどのくらいか」「台本探しについて」「テンションを上げるための工夫」などの話題で意見交換が行われた。 (文責 桐生南高等学校 |
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第五分科会
生徒講評委員会合評会 各上演についての要約 |
第六分科会 演劇を見る、伝える 講師 山口 宏子 |
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「これから話すことは、非常にパーソナルな話です。みんなが思っているわけではなく、私がどのように演劇を見るかについてお話しするということを頭に入れておいてください」との前置きで、分科会は始まりました。劇を見ることを職業にしている山口先生から次にどんな言葉が出てくるのか、いい作品を作りたいと思っている高校生・顧問の先生方は期待に目を輝かせ、一言も逃すまいとメモ帳を握り締めました。 講演は全体的に、「演劇記者としての想い・いい観客とは」という大枠で進められていました。 山口先生がいつも演劇記者としていつも心に留めておくことは「演劇とは、今しか味わえない限定したものである。同じ劇をしても、同じ空間・同じ雰囲気は作れないし、観客が変わるから印象も変わってくる。そのかけがえのない作品をどうやって読者に伝えていくか」ということと、「映像では決して伝えることができない、観客の空気・見る側の気持ちの移り変わりをどう表現し、伝えていくか」ということだそうです。先生が執筆なさっている演劇評は、全国に八〇〇万コピーが配送される新聞の芸能面に掲載されており、仮に百人に一人がその記事を読んでいると少なく考えても、二万人が目を通している計算になります。中には演劇にまったく触れたことがないという人も含まれる読者に対し、どれだけ正しく(誤解をさせずに、裏切らずに)誠実に記事を書けるかに非常に神経を使っているとおっしゃいました。 また、山口先生は観客として「常に作り手に対して尊敬の念を抱くこと」「作品を生み出すまでの苦労と、作品を通して見えるつくり手の生き方に共感すること」「相手が伝えたいことを受け入れること」の三点を心構えとして持っていらっしゃるそうです。最近は、口汚くののしり、作り手を深く傷つけるアンケートやブログが蔓延しています。原因の一つは、名前を出さなくていいので、書いたことに責任を追わなくていいという点にあります。 「私の批評は、いつも批評されています」 批評を拡大コピーして、来場した観客に見せたり、各雑誌や新聞の批評を集めて、自分で新聞を作ってしまう演出家の蜷川幸雄を例に出しながら、名前を出して、文章に責任を負っている演劇記者としての自分を山口先生は淡々と振り返りました。 作品に対し真摯に向き合い、鋭く分析し、的確に言葉に転換することによって、結果的にけなすような批評になったとしても、作り手は、最初不愉快に思うかもしれないが、得るものも同時にあったと感じることができるはず。このように、作り手と観客の関係が建設的でなければ、いい作品は生まれてこないと先生は力説なさいました。 では、いい観客になるためにどうすればいいのでしょう。山口先生は「戯曲を読んだり、絵画・音楽を鑑賞したりして感受性を高めてください」「ネットでこれから見る作品の作家の情報収集をし、過去の作品を読んでください」「特定の劇団ばかりに偏らないでください」「もっと大事なことは、予習をしてください」と四点のアドバイスをくださいました。最後の言葉は、これから見る作品の台本を「自分はどうやって演じるだろう」と思いながら予習しておくと、作品を見たとき、想像を超えたものが得られるということです。反対に予備知識がないと「これしかない、見たままの」作品になってしまいます。 「いい観客」は作り手に伝わるそうです。「今日の観客はとても良かった。作ったものをちゃんと理解してくれたから、気持ちよく演じることができた」というコメントをよく聞くそうです。そして、気持ちよく演じられるからこそ、その作品は、より良いものに仕上がるのです。 以上が、第六分科会の「演劇を見る」という講演の内容です。もしかしたら、参加していた顧問の先生方や生徒さん達は、劇を作る上で「こういう所を私たちプロは見ているのですから、気をつけてくださいね」と具体的なアドバイスがもらえるのではないかと期待していたのかもしれません。しかし、先生が一番強くおっしゃりたかった「いい観客になってくださいね。そうすれば、いい作品が生まれます」ということは、言い芝居を作る上で必要不可欠なことです。芝居は観客がいてこそ成立するものであるということを、改めて実感させられる講演でした。 最後にある生徒が「今までで一番印象に残っている劇はありますか」と質問した後、先生が「イギリスで見たときの『ベニスの商人』」と答え、その理由を説明したときの先生のコメントは本当に素晴らしく、プロの観客はやはり違うと、会場全体の雰囲気が一気に熱くなる瞬間を体験しました。言葉を的確に選び、その時の感動を劇を見ていない私たちにあますことなく伝えることができた先生は、やはり言葉のプロであると感動しました。 (文責 伊勢崎清明高校 |
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