復刊96号  WEB版


やはり脚本 スパイスの笑い      末安 哲

 さすが全国大会、実に刺激的な三日間でした。十一校の発表は、バラエティーに富んだ素晴らしいものであり、その大半は脚本からの予想を遥かに超えた仕上がり。それだけに、優秀作品を僅か四本に絞り込むのは苦痛でした。でも仕方がありません。悩んだ末、『めろん』 『フラスコ・ロケット』『チェンジ・ザ・ワールド』『桜井家の掟〜The Rules of the Sakurais〜』(発表順)に投票したのです。
 事前に脚本は読みました。
 この程度の準備はしたものの、本番ではつとめて白紙の状態になり、ステージと向き合いました。演劇は、あくまでも目の前で繰り広げられるものこそが全てだと思うからです。
 で、十一本を観終わり、優秀校四校を選んでみて、「エッ…」と思ったのです。言うまでもなく結果に過ぎないのですが、私が選んだ四本は、七名もの審査員の多数意見とも完全に一致していたのです。その上、事前に脚本で面白いと思ったものと、ほぼ一致していたのですから。
 もう少し詳しく書けば、初めて読んだ段階ですっきりと面白いと感じた順番の通りに、本番も輝いていたのです。上演時間が僅か六十分以内という制約では、一度読んだだけでも読者に迫ってくる、シンプルさと彫りの深さとが大切なのでしょう。
 その上、事前に二度・三度と読むにしたがって、新たな面白さが次々に浮かび上がってきた作品ほど、ステージもやはり魅力的だったのです。そして、事前に読んだ時を遥かに超えた新鮮な感動で、メモを取ることさえ忘れて没頭してしまったのです。
 優れた脚本だからこそ、練習でも発見が続出し、これに比例するかのように、次々とアイディアが湧き出て、部員と顧問の間にも火花がとび、熟成したのだろうなぁと想像してしまいます。
 これらの頂点こそ小名浜高校の『チェンジ・ザ・ワールド』(石原哲也・顧問創作)でした。
 余命半年の転校生を、教師に頼まれ見舞う内に、いじめられる者の痛みを自分の痛みと感じ始め、「ただ…ちょっと…ちょっとだけ世の中変えてみようと思ってさ」と不良仲間のボスに抗い、力尽きる話ですが、随所にさわやかな笑いが実に効果的にちりばめられているのです。「人間って、捨てたもんじゃないよなぁ」とジーンときたものです。
 「魅力ある舞台の筆頭必要条件は、やはり魅力ある脚本」と言い続けてきたことが証明されたように感じました。
 笑いでも小名浜高校は秀逸。特に、ホリゾントを埋め尽くさんばかりの巨大なお月様には脱帽です。月の出は脚本で知っていたのに、意表を完全に突かれた出方に、客席と一緒に大笑いをしてしまったほどです。
 作者の石原先生は、第四十一回全国大会(一九九五年・長岡)のパンフレットに、次のように書いておられます。大いに共感して拝読したのを思い出しました。
 「松山市の全国大会で鴻上尚史さんが講評の中で、『笑いが笑いだけで独立していて、ドラマの流れに影響を与えていない芝居はよくない』という意味のことをおっしゃっていた。自分なども『笑わせる』ことが大好きなタイプなのでドキリとした。『この辺で一発笑いでも入れるか』などと気楽にやっていなかったか、と思い返してみると冷や汗が流れる。ドラマの流れにちゃんと組み込まれた笑いであると同時に、自然で抵抗なく笑えるというか、共感して笑えるというか、腹の底から何も考えずに笑える笑いが一つの夢である」。 『チェンジ・ザ・ワールド』の笑いは、まさに先生の夢の実現でしょう。客席に媚びない、品のよい、それでいて活き活きとした笑いが、作品のさわやかさを見事に引き立てていたのです。 (全国高等学校演劇協議会顧問)