例えばあなたが演劇部をもったばかりの新人教員なら③

あなたは、きさくなおじさんの何気ない一言に愕然としているだろう。

 

「え、君だってもうすでに全国高等学校演劇協議会の一員だよ、一員だよ、一員だよ、一員だよ・・・(エコー)」

 

どういうことなのだろうか。あなたは教員になってからこれまで3か月間に書いた書類の数々を思い浮かべるだろう。確かによく読みもせず、言われるがままに書いた申込書やら、承諾書などが多かった。社会人になるということは、これだけ多くの署名をすることなんだな、と思っていた。その中の一枚に紛れていたのだろう。忙しかったとは言え、軽率だった。だが、待てよ。未だに、ゼンコクコウエンキョうなるものから、会員ナンバーとか認定書は送られてきていない。今は仮入会期間なのかもしれない。だったら、退会届を出せばいいのではないか。いや、果たしてそんなことができるのだろうか。

 

あなたは広島に着くまでの道中、気が気でなく、他の先生方の話も上の空だろう。

 

予定より少し早く6時50分に広島のJMSアステールプラザに到着。「さすがに早いよね。でもこの後道混むからこれくらいの時間じゃないとね。車は、アステールプラザの前を通り過ぎ、周囲を回って、民間の駐車場を探すだろう。会館には、一般車が入れる駐車場がないからだ。今会館を見たが、自分の予想とは全く違う、ビルで上に向かってそびえていた。隣にも大きな建物があって、そこも朝から人が多く、イベントがやっていそうであった。「ねえ、アステールプラザの前にコンビニがあったわね。あそこで朝ごはん買おう。おにぎり2つとお茶ね。あたしまとめて買ってきてあげる」よくしゃべるオバサン顧問は仕切りやでもあた。サンドイッチが食べたいあなたは、「あの、おにぎり一つをサンドイッチに代えて、ヨーグルトもお願いします」とは言えないだろう。

 

車を民間の駐車場に止め、オバサン顧問がコンビニにおにぎりを買いに行き、他の3人は、会場の様子を見に行くだろう。時間は7時20分。アステールプラザの方向に向かって歩く人々が、さっき車で会館前を通った時よりもどんどん増えていることに気付くだろう。「この人たちみんな全国大会に行くんですかね」「そうだと思うよ。ほら、吹奏楽部門が隣のホールでやるけど、今日はこのあたりは演劇だけだから。」へえ、吹奏楽も大会やるんだ、この時期に。吹奏楽の全国大会も同時期にやるということでちょっとほっとしたのは、吹奏楽部に対する信頼感のようなものだろうか。え、じゃあ、演劇部に対する信頼感は?あなたは黙っているだろう。

 

「ふつうの全国大会だとさ、会場の入り口前にずら~と人が並んでいるのがわかるんだよ。ここは入り口が中の奥にあるから、建物の中に入ってみないとわからないね、どれくらい人が並んでいるか」 きさくなオジサン顧問は言った。あまりしゃべらないオジサン顧問も「ウンウンと」言った。二人がよく知っているのは、4月にも会議があってここに来たことがあるからだ、ということは車の中で聞いていた。「あの、修行ですか?会議ですか?」と確認することは思いとどまった。どんなことをやったのか知るのが怖かったからだ。

 

先に行ったよくしゃべるオバサン顧問とコンビニの前で合流し、信号を渡り、会館の前に立った。自動ドアがす~と開いた。全国大会への1歩を踏み出した。

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