本当に新入部員は増えたのか。久々編②

 夏休み直前、その演劇部顧問・H教諭に部長Mは呼び出された。「あのね、いつも稽古に使っているトレーニングルーム、夏休み中は使えないからね。」「え、そんな~」「夏休みは運動部の合宿や練習試合でトレーニングルームずっと使うのよ。悪いけど他の場所探しておいてね。」確かにトレーニングルームは吸収した卓球部が使っていたとは言え、もともとは運動部のものだ。文化系で下から2番目の地位にある演劇部が、夏休みもトレーニングルームを使わせろと言えるものではない。(一番下の部活がどこかについてはここには上げない) 確か全国で最優秀を取った九州の演劇部でも、校内での地位は運動部より低いと聞く。ブラスバンド部はそうではない。文化系での地位は、断トツでトップ。全国大会クラスともなれば、野球部、サッカー部の地位に匹敵する。校内ではさっそうと胸をはって歩き、進んで掃除をする。何より運動部の応援や学校行事でも活躍するので、ありがたられる。当然練習場所もしっかり確保されている。

 

 一方演劇部は、校内ではうつむいて歩き、クラスでもほとんど目立たない。一人をこよなく愛し、打ち解けるのは演劇部の仲間だけ、というのが多い。「日なたのブラスバンド部」「日かげの演劇部」と対比されることもある。しかしそのような、屈折感、亜流感、マイナー感こそ演劇を創造する原動力となるのだ、と何かの本で読んだことがある。「胸を張れ!日かげの演劇部」だ。しかも今年の1年生には、吹奏楽部やサッカー部、野球部に入らずに演劇部に入った者たちがたくさんいるのだ。クラスでもリーダー格である。彼らを使わない手はない。それにしても夏休みの稽古場はどうしよう。体育館のステージか。ダメだ、ダメだ、緞帳が壊れていて、閉まらない。バレーボールがどんどん飛び込んでくるだろう。それにバレーボール部とバスケットボール部の顧問は怖い。特にバスケットボールは超怖い。それに運動部の顧問たちの中には、演劇部にしておくにはもったいない生徒が1年生部員にはたくさんいると考えているものもいる。もし、飛んできたバレーボールを返しに行って、「試しに打ってみないか」と誘われて、そのままバレーボール部に入部してしまうなんてことも考えられなくもない。ダメだ、ダメだ、宝を奪われてはいけない。

 

 合宿?顧問のH先生が許してくれるはずがない。それに30泊の合宿なんてやれるわけがない。安定した稽古場が必要なのだ。まさか外?真夏の屋上、真夏の公園・・・。絶望的な気分になった。

 

 数日後、再びH教諭に呼び出された。「あのね、練習場所がなかったらね、あたしのクラス使ってもいいわよ。毎日終わったら掃除してね。」この人はやっぱり顧問だったのだ。演劇部のことを考えてくれていたのだ。「掃除」の方に口調の力点があったのに気付かないわけではなかったが、H教諭を初めて顧問らしいと思えるようになった。少し救われた。「でも近くで英語科のA先生が補習やっているからね、許可もらってね。」あ、そういうことはやってくれないのか。少し救いが減少した。そして、神経質そうなA教諭の、絶対するであろうイヤな顔を思い浮かべた時、また絶望が・・・。その時、H教諭が意外なことを言ったのだ。「これ、シナリオ、読んでみて。キャハハハハ。」「え、何ですか?」「やあねえ、シナリオ書いてくださいって言ったじゃない、私に。」「え、本当に書いてくれたんですか。」「一応これでも私、国語の先生よ。43人分の役作るの、大変だったわ。キャハハハハ。」「ありがとうございます。」「あなたが監督するの?」「いや、まだ決まってませんが。」「そう、監督さんがやりたいように書き換えていいわよ。でもテーマは変えちゃダメよ。なんてえらそうに言ってみたりして。キャハハハハ。」「あ、はい、もちろんです。」

 

 シナリオとか監督とか、もう3年も顧問をやっているのに、なかなか演劇用語を覚えてくれない。少し不安なところがあるが、それでも創作は創作だ。Y高演劇部、秋は「顧問創作で行く!」同じ地区の学校にすぐにそのニュースは伝わるだろう、というか、伝えるだろう。特に若柴S高校は驚愕するだろう。最近若柴S高校を始め、地区大会で創作で来る学校は少ない。たまに生徒創作はある。だが顧問創作は皆無に近い。「高校演劇に顧問創作に勝るものなし」と勝手に思い込んだ。今日は最高の日だ。夏休みの稽古場所も確保できた。そして台本も手に入れた。あとは稽古するのみ。県大会出場はもらったようなものだ。どんな話だろう。部長Mは手に取った台本のページをめくろうとした。「ダメダメ、ここで読まないで。家帰ってゆっくり読んで。恥ずかしいから。キャハハハハ。明日感想聞かせてね。」「はい、わかりました!」それでも国語科の部屋を後にした部長Mはタイトルだけでもと思い、表紙を見る。『浦島太郎異聞』・・・・・・・不安がよぎった。

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