本当に新入部員は増えたのか。久々編③

 翌日は最悪の日であった。まずは英語科に行ってA教諭に近くの教室で演劇部の稽古をする許可を取らなければならない。きっと厳しいことを言われるだろう、それに耐えなくてはならない。それが終わったら国語科に行って顧問のH教諭に言わなくてはいけない。「先生の台本、使えません。」と。ああ、何てH先生は罪作りなことをするのだろう。私に二つも重荷を背負わせて・・・

 

 英語科に行く前に、副部長Tと待ち合わせた。今や私が動転して言葉が出なくなると、必ずや救ってくれる心強い味方だ。「で、どうだったんですか、H先生の脚本?」一応、副部長にだけはH先生が台本を書いてくれたことを伝えてあった。読む前に。「顧問創作だからって全てがいいとは限らないのね。」「え?ダメなんですか、『浦島太郎異聞』?」「基本的に浦島太郎の話。35人は竜宮城の魚たち。セリフに「倍返し」が10回以上出てくるんだけど、やる気する?」「わ、フルっ!」「ねえ、どうやって断ったらいいの?」

 

 結局その日は、英語科のA先生も、顧問のH先生も、副部長Tが対処してくれた。TはH先生の前で、『浦島太郎異聞』を絶賛し、テーマを語り、最後に「演劇部でやるのはもったいないからウチのクラスの文化祭でやりましょう。」と提案したのだ。H先生は、副部長Tの担任でもあった。Tは演劇部を救うため、自らのクラスを捧げたのだ。もう副部長には頭が上がらない。(後日談。文化祭で2年C組で上演された『浦島太郎異聞』は大喝采を受け、最終上演の前には観客が長蛇の列を作った。ほとんどの賞を総なめにし、3年生のクラスを悔しがらせた。気をよくしたH教諭は、毎年クラス劇を書き、文化祭大賞を連取。誰もがH教諭のクラスになりたいと願う、伝説のクラス劇作家となった。そしていよいよ演劇部の座付作家となっていくのだが、それはまた別の話。とにかく上演が作者を伸ばすのである。)

 

 演劇部1年生部員の中に中学校野球部出身のタモツがいた。もちろん、高校では野球部に入るつもりであった。しかし高校受験合格のお祝いで、友達とイオンに映画『幕が上がる』を観に行き、演劇部というものに興味をもったのだ。もちろん、タモツはももクロのファンであった。映画の中で「行こうよ、全国に。」というセリフを聞き、「へえ~、高校の演劇部にも全国大会があるんだ。」と知り、自分の高校生活を思い浮かべてみた。もちろん野球部に入るからには甲子園に行きたい。しかしY高野球部ではどうしたってムリだろう。演劇部ならどうだ?県で1番になるのは、それほど難しくないように思えた。当然、その頃のタモツは県大会の先にブロック大会があり、全国大会に出場できるのは12校しかないことを知らない。甲子園も演劇の全国大会も同じ全国だ。それに女の子もいるから、華やかな高校生活を送れそうだ。当然、その頃のタモツは高校演劇部が華やかな存在ではないことを知らない。

 

 入学すると、早速演劇部の入部説明会に行ってみた。野球部の前に、だ。新入生歓迎公演で上演された劇は、映画で観た演劇とは全然違う、訳のわからないものだったが、逆にそれがタモツにとって新しい世界に見えた。一緒に劇を観た多くの1年生がどんどん入部していくので、その日に勢いで入ってしまった。坊主刈りのまま。身長180センチ、右投げ左打ちのタモツを期待の逸材として入部説明会に来るのを待ち構えていた、野球部顧問Wが地団太を踏んだのは言うまでもない。

 

 稽古は楽しかった。演劇の世界は本当に自分が知らない世界だった。毎日自分が変わっていくように思えた。ルーム長になったタモツは、HR会議で司会をするのは苦手であったが、それも演劇の稽古と思えば難なくこなせるようになった。

 本番は最高だった。スポットライトを浴び、大喝采を受け、世界の中心にいるかのような気分であった。世の中の全員がおれを観ているんだ!しかも最優秀賞。最優秀主演賞も取った。全国大会はすぐ目の前だ。3年連続全国大会だな。まだ、その時もタモツは高校演劇大会の仕組みがよくわかっていなかった。

  

 そんな時である。高校野球界にいきなりスターが現れた。S商業高校の本宮だ。しかも自分と同じ1年生だ。入部していきなり、レギュラー。打ちまくってマスコミに騒がれ出す。今は、甲子園出場を決める県大会。なのに、初戦からマスコミが取材に殺到し、そして打つ。勝つ。ますます本宮フィーバー。S商は県大会優勝を決める勢いだ。

 同世代、特に同年齢の活躍は、うれしさよりも、羨望とあせりを生む。タモツもそうであった。おれはこんな演劇部という小さな世界で、笑ったり、怒ったり、悲しんだりしたりするふりをしていていいのか。観客50人くらいに拍手されて喜んでいていいのか。もし野球部に入っていれば今頃、本宮と対戦していたかもしれない。そこまで行かなくても、白球を追いかけ、打ち、汗と涙の青春の日々を送る。それこそオレの本当の舞台なのではないか。しかもそっちの方が絶対にモテる。

 

 そんなタモツの揺れる心を見透かすかのように、タモツ奪取を虎視眈々と狙う野球部顧問のYが声をかけてくる。しかもさりげなく。しかもさわやかに。しかも白い歯で。「演劇部休みの日があったら、野球部手伝いに来ないか。グラブだけもってくればいいからさ。」

 

*さあ、いよいよ久々編もあと1話。でも週末は出かけるので、また来週に。

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