いよいよブロック大会ファイナル!関東大会那須塩原会場へ。

関東大会那須塩原会場が近づいてきた。心は温泉へと移動中である、ではなかった、黒磯文化会館へ移動中である。決して富士山を忘れたわけではい。富士山を振り返り振り返り、富士会場を振り返り振り返り、那須塩原へと向かうのだ。きっと会場では、富士会場の作品の話に花が咲くであろう。それがいい。 黒磯文化会館は10年ぶりの関東大会か。あの時の最優秀は確か作新学院の「超正義の人」(超は○で囲む)。だから全国の徳島大会へとつながるのだ。徳島大会と言えば台風が来て大変だった大会だ。台風なので上演ができず、でも会議の議題が重要だったので朝から夕方まで会議をやっていた。全国大会と言うより会議大会だったような思い出がある。話がそっちへ行こうとしているので軌道修正する。10年前に関東大会を仕切っていた方がお祭り好きで、会館の外には出店が出ていて、顧問研修会も温泉のあるリゾートホテルでやった。今年もその流れを汲み、顧問研修会はリゾートホテルである。正しい。また那須塩原駅からシャトルバスを用意してくれる。帰りも会館から駅までシャトルバスが出る。時刻表は関東のHPに載っている。新幹線で来られる方、ご利用ください。 さて、関東大会を「流浪型ブロック大会」とか「新幹線直結大会」と称し、関東顧問団が西から東へ、北から南へ、北東から西南へ移動する大会だと書いてきたが、審査員たちも一部の方々は一緒に移動する。そう、関東は共通審査員制を取っている。違う会場なのに、日程が違うのに同じ土俵で審査するのはあまりに乱暴との声もたぶんあるだろうが、これによって関東は一つの大会としての意識が大きく芽生えた、と思う。だって、富士会場で審査結果、一部しか発表してないのだもの。やっぱり黒磯も行かなきゃいけないでしょう。 この共通審査員制、まだ今年で4回目である。それまでは長い間、南会場から2校、北会場から1校が決まりであった。単純に南会場の加盟校数が北会場の加盟校数のほぼ2倍だったからだ。ただ、この会場割りはそれを決めた時にある程度の時間が経ったら見直す、ということになっていた。この「ある程度の時間が経ったら見直す」と言うのは何か賛否が分かれる案を決める時によく使われる手である。そして自分が関東の事務局の立場になった時、「ある程度の時間」は十分に経った時であった。 けっこう私、考えました。関東再編案。今でもそうだが、そう言うこと考え出すと止まらなくなるのだ。そして柏市内の公園で子供たちを遊ばせながらひらめき、紙に書きながら自信を深めていき、否決されることなど絶対あり得ないと言う120%の確信で提示したのが「28年周期案」である。簡単に言うと、毎年北会場、南会場の構成都県が入れ代わり、28年後に元に戻る、と言うものである。提示されたみんなはうなりましたね、「う~ん」って。それからちょっと困ったような笑みを浮かべ、押し黙り、時間が過ぎ、そして意見が全く出ず、廃案へ・・・ちょっと待ってよ、せっかく長い時間かけて考えたのに~。今でも自信あるのだけど~。 他の方々からもいくつか案が出されました。埼玉のいつも面白いことを考える事務局長からは、毎回くじ引きによる会場分けなんてのが出されて、「28年周期」がダメなら「くじ引き案」でもいいか、と思いましたが、どうもこれもお遊び的に映ったようで採用に至らず。でも後で知ったのですが、山梨県では県大会の前の地区大会の会場割りをこのくじ引き方式でやっているのです。またこれも埼玉だけど、地区大会に共通審査員制をすでに取り入れていて、別日程の2地区を複数の同じ審査員で審査して、2地区から2校県大会へ選出しています。つまり1地区から2校選ばれる場合もあれば、1校も選ばれない場合があるということです。県大会選出の報も会場ではなく、後で電話で、と言うことでしょうか。さらにこれも埼玉。地区大会で発表する全ての上演台本を集めて事務局で全部読むのだとか。著作権関係のチェックのためです。ちょっと古いですが、人生いろいろ、ブロックもいろいろ、県も地区もいろいろ、です。 で、結局関東再編よりも、共通審査員制の方が再編に伴う大きな手間が省けてよろしかろう、ということで採用に至ったわけです。一番の懸念は、審査員にのべ4日間、25本も観てもらって体がもつだろうか、と言うことでした。これを中部日本のブロック長に相談すると、「ウチは連続4日間で17本、さらに最終日の午後には講習会もやってもらうが、これまで倒れた審査員はいない」との暖かい(?)アドバイスが。関東も安心して「流浪型ブロック大会」に踏み切れたのでした。
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