例えばあなたが演劇部をもったばかりの新人教員なら②

8月1日(月)午前4時30分。1台の車があなたの家の前に止まるだろう。あなたを広島で行われる全国大会に連れていく、地区の演劇部顧問たちの車である。あなたは眠い目をこすり、それでも他の3人は先輩なので、「おはようございます」と言い、乗り込むだろう。あなたを誘った、オヤジキャグのきさくなおじさん(もちろん短パン)、よくしゃべるオバサン、よくしゃべらない年齢不詳のオジサンがあなたをにこやかに迎えるだろう。車内の平均年齢を極端に下げてくれるのが一つの理由だろう。

 

それにしても、なぜ4時半出発なのか?あなたは、おととい予定を聞いた時に、誘いを受けたことを後悔しただろう。この町から広島の街まで、高速を使えば1時間40分。月曜日の朝であることを考えても2時間30分もあれば、広島に着くだろう。朝7時に会場に着いて何をするのだろう。一番最初の上演は10時からである。3時間もどうするのだろう。「あの、公園で太極拳でもやるんですか」あなたはそう聞くだろう。そう言えば、よくしゃべるオバサンはいつも太極拳とかヨガの話ばかりしている。「いや、違うんだよ、並ぶんだよ」と電話をかけてきた気さくなオジサンは言うだろう。「全国大会って、人がたくさん来るんだよ。うっかりすると会場に入れないこともあるんだよ。」「そんな大げさな・・・」「まあ、見てみればわかるよ。」

 

車の中はずっと寝てるつもりでいた。しかし、よくしゃべるオバサンはいつも以上にしゃべり、気さくなオジサンはいつも以上に笑い、よくしゃべらないオジサンでもいつもの3倍くらいしゃべるので、密閉された車の中は、あなたにとって耐えがたい空間となるだろう。しかも話の内容は、今日これから観る演劇の話とか、県内の他の顧問の話とか、高校演劇の組織の話とか、高校演劇の話ばかりであることにあなたは驚くだろう。「ふつうこの年代の人たちは、家族の話とか、健康の話とか、政治の話をするのではないだろうか。この人たちは大丈夫なのだろうか。」あなたはそう思うだろう。

 

ゼンコクコウトウガッコウエンゲキキョウギカイ・・・あなたはふと、先日見たHPを思い出し、聞いてみたくなるだろう。「あの、全国高等学校演劇協議会って、あやしい団体のHPがあるんですけど、あれって何ですか。知ってますか。」

 

てっきり眉をひそめ、声を落として「かかわらないほうがいいよ」と言うのかと思ったら、気さくなおじさんは何でもないように言った。「ああ、それはこれから観に行く全国大会の主催団体だよ。長いから高演協って呼んでるよ。まあ確かにあのHP、ブログだけがバカみたいに軽くて、バランスが取れていないけどね。」

 

全国大会の主催団体!つまりそれは修行の全国大会ということではないか!全国から修行者が集まるのだ。はめられた・・・。この人たちが私を誘ったのはそういうわけだったのだ。

 

「あの、あの、あの、あの、私、その会の会員じゃありません!全国大会へ参加する資格はありません・・・」

 

「なに言ってるの?もう入ってるよ、君は。だって演劇部顧問でしょう。」

 

車はすでに高速に入り、まぶしい朝日を受けて一直線に広島へと向かっていた。

 

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